「悩み」って何?

ふと「悩み」って何だろう、と考えてみた。
とあるblogでは、

悩みとは?
 今日はある雑誌の取材で「悩み」の解決法について……▼
問われた。悩みとは何だろうかと考えた。問題・課題が解決しないで長期化したときに、「悩み」という名称に変化するということなんだろうなあ、と思った。だから、課題はたくさんあっていいが、悩みはないほうがいい。…つまり課題をどんどん解決していくスキルを身につけることが大切、ということなのですよ、ね。

とありました。
確かに、「答えが出ない課題」が「悩み」なんですかね。
また、とあるQ&Aサイトでは、

一言で言えば悩みとは「不如意」だと思います。
つまり、思う通りにならない、ということですね。
思い通りにならないという現実と、思い通りにしたいという欲求が衝突して、悩みとなるわけです。
場合によっては、自分が何を望んでいるのかすらわからなくなって、もっとモヤモヤと悩むこともありますが。
真に無欲な人を想定したら、そこには悩みなどないはずです。

とあります。
確かに、「自分の思い通りにならないから」悩むんですよね。
また、ほかのサイトでは、

「悩み」とは、「行動」のための言葉が間違っているか、言葉が消えてしまった時の心配や不安のことです。または、「言葉が間違っているのではないか?」と心配したり、不安に思うことです。
「悩み」とは「行動が止まること」への自己不信のことです。

とあります。
これは、ちょっと難しいなぁ。「行動がとまることの自己不信」。う~ん。言われてみれば、という感じでしょうか。
「悩み」という言葉でも、これだけ定義がありましたが(もっともっとあると思います)、まとめると
・答えが出ないもの
・答えがでそうでも、その答えは自分の思い通りにならないもの
・答えがでそうでも、その答えに向けて自分が歩み出せないもの

というようになるでしょうか。
でも、行き着くところ、世の中では自分の思い通りになることの方が圧倒的に少なくて、不条理なことも含めて、考えのとおりにならないこと・答えがでないものほとんどじゃないかと。
だから、そんなことにで立ち止まる(=悩む)ぐらいだったら、数少ない自分の思い通りになることに、正面からぶつかって成果を出す・経験していくほうが良いのではないかと考えた次第。
最近ちょっと「悩み」の多さに、圧倒されつつありましたが、原点に立ち返って「悩みとは何ぞや」ということを考えてみたら、ちょっと吹っ切れた感じがします。答えの出ないことは吹っ切って、そんなことを考えている時間が無いぐらい「答えの出ること」に正面から向き合ってみようかと思います。
と、なんか突然「悩み」という言葉に正面からぶつかって考えてみました。
原点に立ち返るって大事かもしれません。
こんなことblogにupするのも躊躇しましたが、偶にはこんなテイストの記事もいいかなと思い、思い切って掲載してみました。
真面目なことを記事にするのって、ちょっと恥ずかしいですね。